プロ野球選手から警察官に転身

　警視庁第四機動隊に籍を置く加登脇卓真（３３、北照高出）はかつてプロ野球の世界でしのぎを削った。２００５年の高校生ドラフトで巨人から３巡目指名を受け、プロ入り。だが、１軍登板を果たせず、３年で戦力外となった。クラブチームと独立リーグでプレーした後に「もう一つの夢」だった警察官を志し、猛勉強の末に入庁した。現在は人々の安心、安全を守りながら同庁野球部でプレーを続ける。特別企画「逆境を乗り越えよう」の第１７回は異色の転身を遂げた元プロ野球投手。

（聞き手・神馬崇司）　＝敬称略
（本連載企画は２０２０年９月に掲載されたものです）

わずか３年で戦力外に

　道内名門校のエースとして名を上げ、プロの世界に飛び込んだ。だが、夢の終わりは突然、訪れた。わずか３年で戦力外通告を受けた。野球への情熱を捨てきれず、クラブチームで野手に転向しプレーを続けたが、１１年限りで見切りを付けた。２年間プレーした独立リーグの香川を退団。警察官を志す決意を固めた。２４歳だった。

　「独立リーグで野球を続けるとなると、経済的に厳しい。妻と子ども、家族がいましたしね。警察官に対する憧れは小さな頃からずっとありました。知り合いを通じて野球部があることも知りました」

プロ野球の経験が生きる

　そこから猛勉強の日々が始まった。現在９歳の長女・心羽（こう）ちゃんが生まれたばかり。妻の羽淑（はすみ）さんと育児に奮闘しながら、１日４～５時間は机にかじりついた。
　努力は実を結んだ。香川退団から約半年後の採用試験に合格した。警察学校、交番勤務を経て現在は第四機動隊に所属。国会や官邸などの警備も行う。プロ野球経験者の警察官は珍しい。

　「プロは厳しい世界。経験、年齢が違う人たちと共にプレーする。どんな相手にも勝っていかなければならない。日々、精神的に鍛えられた。体力にも自信があります。それは今の仕事にも生きています」

「一度きりの人生」

　２１歳で戦力外通告を受けたが、当時も今も苦境とは思っていない。家族の存在を支えに前を向いてきた。

　「挫折ではない。家族がいたから、新たな道にチャレンジすることができました。くよくよしていても決して前に進めない。一度きりの自分の人生ですから」

子どもの夢も全力でサポート

　警察官として、野球人として、そして、父親として。新たな夢、目標を持っている。

　「来年、東京五輪があると思います。五輪の警備をしっかり担いたい。野球では全国大会に出場したいですね。警視庁はまだ全国大会に出たことがない。都市対抗やクラブ選手権を目指しています。父親としては…、娘が今、サッカーをやっているんです。どういう形であれ、子どもの夢を全力サポートしていきたい。自分が両親にそうしてもらったように」

後輩たちへエール

　新型コロナウイルスの感染拡大はスポーツ界にも大打撃を与えた。大会の中止など、練習の成果を発揮する機会を奪われた後輩アスリートたちにエールを送る。

　「厳しい練習に耐えてきた事実、チームメートとの絆は失われない。次の機会に必ず生きるし、生かしてほしいです」

■加登脇　卓真（かどわき・たくま）　１９８７年６月１２日、京都府城陽市生まれ。小学２年時に城陽ビクトリーズで野球を始め、中学時代はボーイズの京都田辺硬式野球部でプレー。北照高では２年秋からエース。３年春の全道大会で優勝。同夏の南北海道大会では、後に甲子園を連覇する駒大苫小牧高と決勝で対戦し、田中将大（３１）から本塁打を放った。２００５年の高校生ドラフト３位で巨人入り。２軍公式戦通算１９試合に出場し、３勝３敗、防御率４．４１。０９年に西多摩俱楽部、１０、１１年は独立リーグの香川に所属。１２年に警察庁に入庁。警察学校、昭島署を経て１５年３月から第四機動隊所属。１８３センチ、１１０キロ。血液型Ａ。家族は夫人と一女一男。

■警視庁第四機動隊で野球部所属

　第四機動隊の職務は多岐にわたる。国の重要施設だけではなく、花火大会や祭り、スポーツイベントなどの警備も担う。現場勤務以外にも訓練日があり、加登脇は入庁後に柔道を始めた。今では３段の腕前を持つ。体重も巨人時代の９６キロから１１０キロへと増量。よりたくましくなった。
　野球部メンバーは第四機動隊所属の警察官で構成され、休日や非番日に練習する。加登脇は「仕事をしながら野球もできる。恵まれた環境です」と”二刀流”に励む。
　北海道で過ごした３年間を忘れない。「野球も私生活も厳しく指導していただいた。甲子園には出られなかったですけど、充実した３年間でした。今でも母校やプロで活躍する後輩のことは気になります」と笑顔を見せた。

（２０２０年９月２９日掲載）