Jリーグ
2023/02/13 19:00

《元赤黒戦士の現在地・MF山瀬功治》遠藤保仁に並ぶJリーグ24年連続得点を目指す レノファ山口編

2000年から02年まで札幌に在籍し、現在レノファ山口FCでプレーする山瀬(撮影・工藤友揮)

レノファは監督、コーチ2人、副キャプテン、ベテランがコンサドーレ出身

 今季J2で戦う22クラブの中で、北海道コンサドーレ札幌と非常に縁が深いチームがある。山口県全域をホームタウンとするレノファ山口FCだ。チームを率いる監督と2人のコーチはいずれも札幌のOB。そして選手として、札幌アカデミー育ちでトップチームでもプレーした副キャプテンと、札幌でキャリアをスタートさせ、今年Jリーグタイ記録に挑む大ベテランが在籍している。

2000~02年に札幌在籍の山瀬は今年プロ生活24年目

 今回紹介するのは2000年から02年まで札幌に在籍し、今年プロ生活24年目を迎えるMF山瀬功治(41)だ。03年に浦和へ移籍した後は、横浜M、川崎、京都、福岡、愛媛と渡り歩き、22年に山口へ加入。かつて札幌で共にプレーした名塚善寛監督(53)の下で34試合に出場し2得点の成績を残した。21年ぶりに1シーズンを共に戦った名塚について「札幌に入団したときは(名塚は)キャプテンで年齢も上の方。普通にしゃべったりはしていましたが、ちょっと怖いではないけれど、気さくにしゃべり合うことはないような関係でした。そういう印象はありましたが、ナツさんも山口でコーチをする期間が長かったこともあるんでしょうけど、コミュニケーションの取り方が指導者になって変わっていて、フレンドリーな部分と元々持っていたしっかり締めるところ、きちんとやるところをうまく使い分けているなと思いました」と印象を語る。

連続得点は「達成できるに越したことはないし、話題になれば山口のためにも良いかな」

 今季、山瀬はJ2磐田のMF遠藤保仁(43)に並ぶJリーグ24年連続ゴールの大記録がかかっている。「それを期待してくださっていることはよく聞くので、達成できるに越したことはないし、話題になれば山口のためにも良いかなと思います」と意欲を見せる。一方で「ただまあ、結局みんな試合に出れば点数を取りたいと思ってやっているじゃないですか。こうすれば絶対に取れるという方法はないので、常にできる準備をしっかりして、試合に出たときは良いパフォーマンスができるように一生懸命、全力でプレーするだけ。まずはそこにしっかりフォーカスして、今自分にできることだけ取り組んで、その結果、得点という形に結びつけば」と、大ベテランは入念に準備を整える。

プロ初ゴールは2000年湘南戦の延長Vゴール

 山瀬のプロ初ゴールは、Jリーグデビュー戦となった2000年5月4日の湘南戦(札幌厚別)で生まれた。後半途中から出場すると、延長前半7分に大勢の札幌サポーターが陣取るゴールにヘッドで押し込んだ。「ゴールの目の前でちょうどいい具合にルーズボールがこぼれてきたので、ああだこうだと考えるよりも必死にゴールにボールを飛ばすことだけを意識しました。実際は当たり損ないみたいな感じになったけれど、逆にそれが良かったのかな」と当時の得点を振り返る。

 地元出身選手の初得点はそれだけでも非常にうれしい出来事だが、札幌の勝利を決定づける貴重なVゴールでもあった。「フラッシュバックするのは(ゴールの瞬間よりも)その後ですよね。喜んでて、確かあのときは岡田さんのところに行ったのかな。あそこのシーンが強烈に鮮明に残っていて、たぶん一生忘れることはないと思います」。チケットが完売し観客1万9450人、超満員の厚別で達成した初ゴールの記憶は、今もその脳裏にしっかり刻まれている。

「少しずつ選手寿命の枠をカズさんが取り払ってくれて」

 今年で42歳。プロ入りしたときに現在の姿を想像していたか聞くと「思ってなかった。当時は32、3歳でもうベテランで、そのくらいで引退される方が多かったので」と返ってきた。名塚監督が現役を引退したのが32歳。「当時そうは思わなかったけど、当然、時代は変わりますから。そこからいきなり今に飛んだわけではなく、24年間という月日がある中で、少しずつ選手寿命の枠をカズさん(三浦知良)が毎年取り払ってくれて。自分もプロ10年目くらいたった段階で30代中盤、後半くらいまでやりたいなと思ってましたし、それが30代中頃になるとプロ20年目を目指したいなとなってきて。で、そこまできたら40歳までいきたいとか。そんなもんですよね」。淡々と話すが、Jリーガーの平均引退年齢が26歳と言われる中で、この年齢まで契約を締結してくれるチームがある事実がすごさを物語っている。

「少ない時間でもチームにインパクトを残せるような仕事ができるように」

「チームとしてはトップ6を掲げているので、1年通してそこの順位争いができるような形で戦っていきたい。個人としてはチーム目標に少しでも力になれるように、それがプレーでできれば一番良いですね。この年齢になってくると毎試合出るのは難しくなってきているのも事実。まずはできるだけ多くの試合に絡めるようにして、少ない時間であっても何かしらチームにインパクトを残せるような仕事ができるようになりたい」。今季、偉大なる記録を達成したとき、レノファ山口の躍進も訪れているはずだ。


【札幌サポーターへのメッセージ】
 コンサドーレは、出身地のチームだということもありますし、プロキャリアを最初にスタートさせてもらったチームです。そこでベースができたと思っているので、本当に自分にとっては特別なチームです。

 当時応援してくださった方たちが僕のことを覚えているかどうか、ちょっとわからないけれど、24年たった今も40過ぎて何とか頑張ってやっているので、もしよろしければ少し気にかけていただけるとうれしいなと思います。

 今は別のチームですけど、出身地ということもあるので、札幌、北海道に何か恩返しとか、力になれることがあれば何かしたいなとも思います。札幌で育った人間が少しでも長く選手を続けていくことが、ある意味、育ててもらった恩返しかなと思うので、頑張りたいと思います。


■プロフィール 山瀬 功治(やませ・こうじ) 1981年9月22日生まれ、札幌市出身。中学時代にブラジル留学を経験し、北海高を経て2000年、当時J2の札幌へ入団。同年5月4日の湘南戦でプロデビューを果たし、同戦でプロ初ゴールとなるVゴールを決める。01年にはJ1で24試合3得点の結果を残し、新人王に選ばれる。03年に浦和へ完全移籍後、横浜M、川崎、京都、福岡、愛媛と渡り歩き、22年にJ2山口へ加入。同年2月27日の秋田戦でJリーグ23年連続ゴールを達成した。22年までのJリーグ通算成績は630試合出場94得点。日本代表では06年8月9日のトリニダード・トバゴ戦でデビュー。07年8月22日のカメルーン戦で代表初ゴールを挙げた。国際Aマッチ通算13試合出場5得点。妻は料理研究家の山瀬理恵子。父はサラエボ五輪にバイアスロン競技で出場した山瀬功。弟は横浜Mや鳥栖などでプレーした山瀬幸宏。175センチ、73キロ。利き足は右。

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