【北の地の1996】札幌初代主将・後藤義一さんが回顧するクラブ創設初年度「俺らがやったんだよ」
コンサドーレ誕生30周年企画
2026年現在、北海道はプロ野球やBリーグ、Vリーグなど、様々な競技のプロチームが活動する〝一大プロスポーツ基地〟となっている。だが、ほんの30年前まで冬は雪で閉ざされる地域性もあって「プロスポーツ不毛の地」と呼ばれていた。そんな北の大地に1996年、初めて誕生したプロスポーツチームが「コンサドーレ札幌」だった。
道新スポーツデジタルでは北海道コンサドーレ札幌の誕生30周年企画として「北の地の1996」をお届けする。クラブが生まれた96年近辺にフォーカスし、北海道を舞台に戦った元選手やクラブ運営に携わった方々、活躍を報じたマスコミ関係者や、スタジアムを盛り上げたスタジアムDJなど、不毛の地に礎を築き上げた方々のインタビューで振り返っていく。第1回はコンサドーレ初代主将を務めた後藤義一さん(62)にチーム創設時の話を聞いた。(以下、敬称略)
幾多の困難を乗り越えて
96年に在籍したコンサドーレの選手たちが第一歩を踏み出してから、30年という月日が流れた。その間、幾多の困難がありながらも、クラブの歩みは一度も途切れることなく、現在に至るまで続いている。その歴史を振り返り、後藤はこう語る。「チームに加入したとき、北海道の方々は熱しやすく冷めやすい、という話をよく聞いたんですよ。どうなるのかな、という感じも持っていたんですけど、皆さんの協力もあって、みんながすごく力を入れて頑張ってくれている。ここからもっと良くなっていけばいいなと思っています」。
CONSAOLDSではOB会長
2021年、クラブ創立25周年を機に発足したOB会「CONSAOLDS」で、後藤はOB会長を務めている。翌22年から年に1回行われているOB戦「赤黒ドリームマッチ」にも3回参加し、自身の在籍時にはまだ完成していなかった大和ハウスプレミストドームのピッチを駆ける姿をサポーターに披露している。「私がやっていたときは(メインが)厚別でしたからね。今はドームで、風とか雪とか関係なくできますからね。すごく良い環境になったんじゃないかな」。クラブを取り巻く環境の進化に目を細めた。
30歳を過ぎて前身の東芝に加入
当時のジェフユナイテッド市原(現・千葉)の選手として1993年のJリーグ開幕を迎えた後藤は、95年限りで契約満了となり退団。翌年、32歳になる中でも現役生活を続ける新天地を求めた際、声がかかったのがコンサドーレの前身であるJFL所属の東芝だった。「まだ自分は選手としてやれるな、というのがあったので、Jリーグ関係をいろいろ探したんですよね。そのときに(当時東芝監督の)高橋武夫さんが連絡をくれたんですよ。まだJのチームを探していたので、ちょっと待ってくださいと保留していただいて、最終的にはどこもなかったので、よろしくお願いしますというような形になって。高橋さんがいたからかなとは思います」
後藤の加入が決定した時点で、既にチームは北海道へ移転することが事実上決定していた。「北海道は遠いな、というのはありました。ただ選手としてやりたいなというのもあったので、別にそこまでは感じなかったです。プレーを続けたいという気持ちが強かったです」
(残り2442字)