ファイターズ
2021/12/11 14:44

鶴岡が引退決断 コーチオファー断り退団後も現役にこだわり

テスト入団から19年…ダルの専属女房も務めた功労者がプロ野球人生に幕

現役引退を決断した鶴岡(右)。ダルビッシュがいた時代は“専属女房”として名コンビを組み、今年行われたファン投票でレジェンドベストナインにも選出された(右)プロ生活をスタートさせた日本ハムでは計15年間をささげた功労者だ

 今季まで日本ハムでプレーした鶴岡慎也捕手(40)が、現役引退の決意を固めたことが10日、分かった。鶴岡に近い関係者によると、現役にこだわり、他球団移籍の道を模索していたが、この日までに選手契約のオファーはなく、ユニホームを脱ぐことを決断したもよう。近日中に会見が行われる見通しだ。

トライアウト終了後もオファー届かず…熟考の末決断

 潔く、未練を断ち切った。日本ハムを退団した鶴岡は、トレーニングを続けながら現役を目指してきた。しかし、8日に12球団合同トライアウトが終わり、各球団の編成が動きだしても、オファーは届かなかった。この日、自ら設定していた期限を迎え、引退の決断に至ったようだ。
 10月下旬、日本ハムの来季の戦力構想から外れ、選手契約をしないと通達された。一方で、指導者としての手腕は高く評価され、2軍コーチ就任の要請を受けた。後進の育成に力を注いでほしい―という球団の願いが込められていたが、鶴岡は熟考の末、断りの連絡を入れた。
 ソフトバンクから5年ぶりに古巣復帰した2018年は101試合に出場も、バッテリーコーチ兼任となった19年以降、出場機会が減少。今季は13試合にとどまっていた。チーム最年長のベテランらしく、積み重ねた経験は大きな武器で、若手に引けを取らないという自負はあった。
 監督が交代し、チームは新体制に移行する中で、岐路を迎えた。「僕を育ててくれた」と球団に恩義を感じていたが、マスクをかぶって勝利に貢献したいという欲求は抑えられなかった。
 鹿児島出身。樟南高、三菱重工横浜硬式野球クラブを経て、02年に日本ハムのテストを受験し、ドラフト8位で入団にこぎ着けた。プロ入り後も2年間は2軍暮らしで1軍定着は4年目。壁にぶつかりながらも献身的な姿勢を貫き、首脳陣、投手の信頼を勝ち取った。
 球界のエースだったダルビッシュ(現パドレス)の女房役としても注目された。09年にはゴールデングラブ賞を獲得し、リーグ優勝した12年はベストナインに輝いた。球団内では選手会長も務め、人望は厚かった。
 明るく、親しみやすい人柄で、ファンから「ツルちゃん」と呼ばれて愛された。鶴岡も北海道を第2の故郷と位置づけ「ファイターズでユニホームを脱ぎたい」と明かしていた。今後については未定。諦めずに戦い抜いた努力の男は最後までもがいた末に、19年間のプロ生活に幕を下ろすことを決めた。

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