スタートから全開で突っ込んだ。「私にできるのは攻めること」。スピードスケート女子1500メートルで悲願の金メダルに向け、31歳の高木に迷いはなかった。現実は厳しい。メダルにさえも届かなかった。
終盤に一気にペースを落とし、両手を太ももにつきながらゴール。リンク脇で待ち構えたヨハン・デビット・コーチの顔を見ると、珍しく止めどなく涙があふれた。非情な結末に「自分の挑戦は終わったんだな」と言葉を絞り出した。
女子1500メートルで6位となり、ヨハン・デビット・コーチ(手前)と抱き合う高木美帆=共同
好敵手はいずれも長距離型の選手。自身は昨季から終盤のスタミナに課題を抱えていただけに、最終組で滑る前には前半から飛ばす覚悟を決めていた。300メートル、700メートルの通過タイムはともに過去の五輪2大会を上回り、感覚は「今季一番良かった」と手応えはあった。それでも6位という予想外の結果に「ミスなどではなく、実力不足」と潔く認めた。
金を含む四つのメダルを手にした前回の北京五輪後、熟慮の末に現役続行を決断。最も思い入れの深い1500メートルの五輪初制覇を最大の目標に掲げ、自らチームを立ち上げて全てを尽くしてきた。失意のレース後、長く練習を共にした佐藤は駆け寄って抱きしめた。
一つの集大成を迎え、ミラノまでの歩みについては「気持ちの整理が必要」とした。まずは3月上旬の世界選手権(オランダ)出場へ準備する。
努めて淡々と振る舞う姿に悔しさがのぞく。「『頑張ったな』で終わらせたくない気持ちがあったから、最後まで結果を取りにいったけれど駄目だった」。4年間注いだ思いの強さをにじませ、日本のエースは4度目の五輪のリンクを去った。
女子1500メートルのレースを終え、歓声に応える高木美帆=共同
【一問一答】できるのは攻めること
高木は涙をにじませながら今大会最後のレースを振り返った。一問一答は以下の通り。
―序盤から飛ばした
「1500メートルは長距離勢が強くなってきている中で、私にできるのは攻めることだった。300~700メートルにかけては今季一番の感覚があった。ゆえにこの結果は、実力不足だったのだと思う」
―順位を見た心境は
「(後半に粘る)レース展開をここ数年できていなかったし、今もやっている自覚があった。順位を受け入れられないというよりは、『ああそうか』という感情だった」
―涙があふれ出た
「単純に悔しいとか申し訳ないとか、そういう気持ちだけでは表現できない。一番感じるのは(この五輪に向けた)自分の挑戦は終わったんだなというところ。この結果で終わったんだなと」
―4年間の歩みに後悔はないか
「気持ちが折れずにここまで来られたのは、自分のことをよく頑張ったなと思っている部分もある。でも、頑張ったで終わらせたくなかった」
―3月の世界選手権には出場するか
「オールラウンド部門は出ます。オランダでやるんだったら、オールラウンドでしょうと」
女子1500メートル最終組で滑走する高木美帆=共同
最下位、落選から女王へ
高木は2010年のバンクーバー五輪に15歳で出場を果たし、「スーパー中学生」として名をとどろかせた。1000メートルでは完走した35選手の中で最下位。2位だった団体追い抜きは控えで出番はなく、チームの銀メダルをもらえなかった。
14年ソチ五輪はまさかの代表落選。この屈辱が、早熟のスケーターを大きく変えた。現在も指導を受けるオランダ人のヨハン・デビット・コーチの下で目の色を変えて練習し、世界レベルへと成長を遂げる。18年平昌五輪は団体追い抜きで金、1500メートルで銀、1000メートルで銅。女王のメダル量産が幕を開けた。
同五輪直後の世界選手権では日本勢初の総合優勝。短距離から長距離まで4種目の総合成績を争う大会は、スケート王国オランダでは最も価値のあるタイトルとされる。19年には1500メートルで1分49秒83の世界記録を樹立し、これは今も破られていない。20、24年には短距離の総合成績を争うスプリントの世界選手権も制した。
日本選手団主将として挑んだ22年北京五輪では1000メートルの金など、冬季の日本勢で1大会最多のメダル4個を獲得。今大会は銅メダル3個を加え、節目の10個に乗せた。
佐藤22位 戦友の高木に感謝の涙
最後の五輪と明言している佐藤は、女子1500メートルで見せ場をつくれず22位に終わった。17日の団体追い抜きで3大会連続メダルに貢献。隊列で前に合わせるための窮屈な滑りが抜けなかったといい「強みのダイナミックなスケーティングが生かせなかった。うまくはいかない」と苦笑した。
前回北京五輪で4位に入ったが「その成績があるから、メンタル面で悩んできた時間も多かった」。近年は不調を抜け出せず、全盛期の滑りが戻っていないことも自覚していた。「今、自分が持っている力がこの結果」と素直に受け止める。
高木とは2018年平昌五輪からの戦友で、約3年前の「チーム・ゴールド」結成と同時に参加。共に五輪に出るとの決意で奮い立ってきた。初制覇がかなわなかったエースを涙ながらに抱きしめ「美帆さんは本当によくやったと伝えたかった」。声を震わせ、感謝の念に浸った。
女子1500メートルのレースを終え、高木美帆(手前)と抱き合う佐藤綾乃=共同
26位の堀川 持ち味の粘りなし
女子1500メートルの堀川は長距離が本職とはいえ、29人中26位と精彩を欠いた。1100メートルの通過タイムは最下位。持ち味の粘りもなく「五輪で自分のレースをする難しさを感じた」と悔しがった。
22歳のホープは今季、高木のチームに加入。徹底した自己管理と豊富な練習量で鍛える姿を間近で見てきた。それでも表彰台に届かなかったエースを目の当たりにし「美帆さんの努力と自分とは全く違った。そこまでやっても勝てないのか…」と厳しさを痛感していた。
女子1500メートルのレースを終えた堀川桃香=共同
姉・菜那さん「よく頑張った」
スピードスケート女子の五輪金メダリスト、高木菜那さんが20日、女子1500メートルで6位に終わった妹の高木美帆を「この五輪だけじゃなく、ここまでの道のりをよく頑張った」とねぎらった。解説者の仕事などで訪れたミラノで取材に応じた。
高木は4度目の五輪に向け、過去2大会で銀メダルだった1500メートルの初制覇が目標と公言してきた。姉としても強い覚悟を感じたといい「感情を表に出す子ではない。今までの五輪を戦う上で、一番苦しい4年間だったと思う」と推察する。
日本のエースは北京五輪後に中心となってチームを発足。今季は序盤の不調から立て直し、今大会で三つの銅メダルを獲得した。妹を抱き締めた菜那さんは「自分の足でいろんなものを切り開き、この4年で美帆は本当に成長した。よく戦い抜いた」と目を潤ませた。
女子1500メートルのレースを終え、姉の菜那さん(左)と写真に納まる高木美帆=共同
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