陸上十種「卒業」の右代啓祐 今後へ抱負 根底には「百獣の王」の言葉
6月の日本選手権混成競技を最後に
陸上十種競技の第一人者で江別市出身の右代啓祐(39)=国士舘ク、札幌第一高出=が、6月の日本選手権混成競技(岐阜)を最後に競技を退いた。7月8日に東京都内で開いた記者会見では、「卒業」を決断した思いや競技普及に力を入れている理由を語った。原動力となったのは「百獣の王」の言葉だった。【取材・構成=北海道新聞運動部・成川謙】
「本当にやりきった」
右代は日本選手権で12位に終わった。
過去に8度も優勝を果たした大会だった。順位よりも、自己ベストを約2000点下回る6245点と記録が伸びなかったことで「十種競技は卒業」との決断を下した。
「(来年の)日本選手権の標準(参加標準記録)を切れたら続けてもいいのかなと思っていた。途中で標準が切れないという事実に直面して、気持ちを切り替えて(残りの種目を)最後まで戦い抜いた。20年間十種競技を自分の中では本当にやりきった。本当に気持ち良く終えることができた」
トップランナーの自負「自分が誇らしい」
記者会見で、すがすがしい表情で語った。
日本の第一人者として、走り続けた自負があるからだった。
2011年の日本選手権で日本人初の8000点超えとなる8073点で日本記録を更新し、14年には8308点に塗り替えた。五輪に2度、世界選手権には5度出場した。アジア大会は3度出場し、14、18年には優勝を果たした。
「歴史に名を刻むというか、十種競技の日本人選手が世界でも戦えるという姿を見せ続けることができた。1年1年確実に記録を出し続けて、毎年、必ず代表になって戦い続けることができた。思い出は一つに絞れないけど、そうあり続けていた自分が本当に誇らしい」
選手続けながら競技普及に力
選手を続ける一方で、競技普及にも力を入れた。
講演や陸上教室などを通じて競技の魅力を伝えた。活動の根底にあるのは、「百獣の王」の言葉。指導を受けた十種競技の元日本王者で、タレントの武井壮さんから「世の中の価値は、知っている人の数だ」と言われ、右代はSNSや言葉での発信に力を入れ始めた。
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