【額縁秘聞】~知られざる一面~vol.02 画家・モリケンイチ
アーティストの素顔を深掘り
道新スポーツデジタルの不定期連載「額縁秘聞」(がくぶちひぶん)では、北海道や全国で活動するアーティストを紹介していく。札幌市中央区のカフェギャラリー「TO OV(ト・オン)」で展示会を行うアーティストを中心に、作者のあまり知られていない一面や、日頃どのような発見をして、どのように制作に落とし込んでいるのか―。その創作活動の一端を紐解き、人となりも深掘りしていく。また、最後に人生で最も影響を受けた「心の中の三選」として、書籍や作品、自らに起きた出来事などを取り上げる。第2回となるvol.02は、札幌を拠点に活動する画家のモリケンイチだ。
TO OV cafe/gallery
■所在地 〒064-0809 北海道札幌市中央区南9条西3丁目2-1 マジソンハイツ 1階
(地下鉄南北線・中島公園駅より徒歩1.5分)
■営業時間 日・火・水・木 10:30~19:30
金・土 10:30~20:00
※月曜定休日
■問い合わせ 011-299-6380
モリケンイチ個展「ジョージ・オーウェルの憂鬱」
■開催期間 9月29日(火)~10月11日(日)※10月5日(月)は休廊
(ギャラリートークは10月4日(日)17:00~)
ジョージ・オーウェルの描く監視・管理される社会への問い、そして自由とは。モリケンイチが独自の絵画表現で落とし込む。
■プロフィール モリケンイチ 1969年生まれ、札幌市出身。
題材にしたジョージ・オーウェル
「ディストピア小説には共通する要素があるので、その代表格として、ジョージ・オーウェルの名前を使いました。詳細はギャラリートークでお話しするつもりです。僕自身が将来、日本がディストピアになっていくであろうと予想しているわけではないのですが、不安や予感をしている人も少なくないと思います。そういう意味ではジョージ・オーウェルも著書「1984」のような世界を願って書いたわけではないと思うので、似たような未来が待っているかも知れないよ、という感じのニュアンスで題材にしました」
※以下は、モリケンイチによるアーティストトーク草稿

ディストピアの表現について
「ポピュリズムの台頭や、大国同士による地政学的な紛争だったり、世の中に不安な材料が沢山あると私見しています。あまり将来に希望のようなものを、見いだせなかったのですが、AI問題なども絡んでくると、さらにややこしくなるところもあります。ただ、その中で地道な努力を続けている人もいるはずです。たとえば、過去の例でいえば、生物学者・レイチェルカーソンの著書「沈黙の春」に、殺虫剤が出始めた頃に大量に散布したら生態系が壊れてしまい、春に鳥のさえずりが聞こえなくなってしまったという内容があります。この著作を発表することで、殺虫剤の使用は制限され、生態系の破壊は免れました。このような現象を社会学では「自己破滅予言」と言うらしいんですね。こんな感じで言葉にして警笛を鳴らす表現もあるので、僕自身は作品を発表することで、実現してほしくない悪夢を未然に防ぐ事ができるのでは? とも考えました。描いていくうちに必ずしも決定的にディストピアというものが実現されていくとは限らない、人間の修正能力を信じたい、と思えるようになってきました」
大病の経験経て、30代から海外へ
「青年時代に硬膜下血腫を経験したのをきっかけに、学校生活や今の自分の環境に疑問を感じるようになりました。10代後半から似顔絵師として生きていて、その日暮らしの生活だったので、まっとうな社会人ではなかったと思います。社会の内側にいては見えないものが、外側にいて見える事って社会の一員ではないからこそあるのだと思います。そういう意味では、今の自分にとって良い経験だったと思います。30代になって、死ぬ前には『自分がどんな世界に生まれて、どんな世界の中で生きているのかを知りたい』。そういう気持ちがありました。きちんとしたアートの教育というものも受けてこなかったので、フランスで学びたいなと思い、日本を離れました」

フランスでの生活
「フランスに到着して、空港付近の白タク(違法タクシー)に引っかかりそうになって、なんとか片言の英語で振り切って正規のタクシー乗り場まで行きました。当初、3日間だけホテルを取っていて、その間に家を見つけようと思ったけれど、なかなか見つからなくて、焦りましたね。学校に通いながらフランスでも似顔絵師をしていたのですが、フランスはポートレートに対する需要がありますし、競争も激しいので、上手に描けないと日本よりもシビアな反応で…。最初は日本にいたときと同じ方法で描いていたのですが、全然ウケが悪くて、油絵の具を使って紙に描く、ドライオイルという技法を習得しました。似顔絵師は周りに日本人は僕だけで、他に中国人、ロシア人、パキスタン人、アルジェリア人など、雑多な環境でしたよ。客の呼び込み方法も最初、100ユーロくらいから交渉して最後には5ユーロくらいで描く、みたいにダンピングがすごくて。僕はやりませんでしたけどね。たくましい人が多かったです。あぁ、こういう風に生きていくんだと思いました」
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